金堂(国宝)-天井の墨書から天文9年(1540年)の
建築と判明します。
屋根は入母屋造、柿(こけら)葺きです。
2階建てのように見えるが、一重裳階(もこし)付きです。
不動院は密教寺院であるが、金堂の建築様式は
典型的な禅宗様(唐様)であり、内部を土間床とする点、
豪壮な天井架構、扉、窓、柱の形状等に
禅宗仏殿特有の形式が見られます。
この堂は当初から不動院にあったものではなく、
山口市にあった禅宗寺院・凌雲寺から天正年間
(1573-1592 年)、安国寺恵瓊により移築されたものです。
原爆による大きな被害も受けず広島市内に現存する
唯一の国宝です。
開基は行基とも伝えられるが、
創建年代や由緒については諸説あります。
本尊薬師如来像の様式から平安時代には
創建されていたと推察されています。
足利尊氏、直義兄弟が日本六十余州に設立した
安国寺の一寺で、安芸安国寺として、
又、安芸国守護武田氏の菩提寺として繁栄しました。
しかし、戦国時代には戦火により伽藍が焼失し
武田氏も滅亡したが、毛利氏の外交僧安国寺恵瓊により
復興されました。
関ヶ原の戦いで西軍に組した恵瓊は処刑され、
毛利氏も転封後、福島正則が芸備両国の大名として入国し、
正則の祈祷僧である宥珍が安国寺に入り住持となりました。
この時、宗派を禅宗から真言宗に改め、
不動明王を本尊とし不動院と称しました。
後に浅野氏が国主として広島に入ると、
浅野家歴代藩主の保護を受け明治に至りました。
1945年の広島市への原子爆弾投下の際
(爆心地から約3.90km)にも倒壊を免れており、
広島市の現存する被爆建物としてリストに
登録されています。
不動院(ふどういん)は
広島県広島市東区にある
真言宗別格本山の寺院です。
本尊は薬師如来です。
山号は新日山です。
足利尊氏・直義兄弟が諸国に設けた
安国寺利生塔の一つといいます(安芸国安国寺)。
全国安国寺会会員寺院です。